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Ⅰ「富士特別野営2019」から

昨年8 月に実施された「富士特別野営2019」は、例年実施されている富士スカウトを中心とする特別訓練においては、初めて内容のある訓練らしい訓練となった。これまでの特別訓練では、そこで初めてキャンプを経験した者がいたくらいであるから、どうしてこのような者が富士スカウトとなったのか不思議であるとさえ思えるが、その者が特別訓練は実に楽しかったが、初めてキャンプを経験してキャンプがこんなに楽しいものだとは思わなかった、と告白したのには開いた口が塞がらなかった。

キャンプを経験しないスカウトを富士スカウトに推薦する指導者は何を考えていたのか。ただただ驚くほかはない。スカウトの学習とは《learning by doing》である以上、キャンプでの経験こそが、スカウトの訓練であり、スカウトの技術も魂もキャンプで養われることは自明の理であるといっても過言ではない。だからこそ、ぼくはあらゆる機会をとらえて、ウッドクラフトとパトローリングの必要性と重要性を説いているのだ。

その意味で、極論すれば、座学などまったく必要ないといってもよい。一つのテントの中で一週間も食事とゲームを共にして暮らせば、スカウトとして必要な技術はもとより、スカウトとして重要な教養(?)もすべて身につくと思われる。《one for all, all for one》の精神は、ラグビーの試合を見ればよくわかる。そうしなければ戦うことができないからだ。スカウトの精神はまさしくこのチームプレーの精神と同質のものといってよい。

今回は初めての6泊7日間の移動キャンプであり、さらに那須野営場から高萩スカウトフィールドへ、ハイキングを加え、ラフティングによる川下りなど、全長100㎞以上の道のりに、6泊7日の全装備を背負い、リンツーによる宿泊を含む24時間を超える過酷なプログラムであった。『スカウティング』2019年9月号(733号)の16ページ以下にその詳細が紹介されている。ぜひ、全スカウトが熟読してほしい。

なぜ、そのようなことをいうのかといえば、ぜひともこの富士特別野営に参加して、スカウトとしての青春を謳歌してほしいからである。もう一歩踏みこむと、練度の高い精強なスカウトが増えると、スカウト運動の未来に希望が見えてくるからである。

 

Ⅱ 星に恋した青年の話

ぼくがこの「富士特別野営2019」の最終日の大営火で試みたヤーン( 夜話)は、『星に恋した青年の話』であった。それをここで簡潔に再現しておこう。息子(デミアン)の友人ジンクレエルが恋こがれているエヴァ夫人( デミアンの母)が、ジンクレエルにした話である。

「彼は海辺に立って、両手をさしのべながら、その崖の上に立っていた。そして星を見つめながら、その星への愛慕にもえていた。そして、この上なく激しい慕情の一瞬に、彼は跳ね上がると、虚空の中へおどりこんだ。―星をめがけて。しかし、とびあがったせつなになお、彼は電光のすばやさで、やっぱりだめにきまっていると思った。その結果、下のほうの渚に横たわったまま、彼は五体みじんにくだけていた。

彼は愛することをわきまえていなかったのだ。もしも、跳ね上がった瞬間に、堅く確実に実現を信じるだけの精神力があったとしたら、彼はおそらく高く舞い上がって、星とひとつになったことであろうものを(ヘルマン・ヘッセ『デミアン』( 岩波文庫)より)」と。

この話を若きスカウトたちは、どう受けとるであろうか。ぼくは、ただただこの話を考えてもらいたかった。いまのスカウト運動の実態をみて、ぼくたちはどう考えるべきかを。スカウトの誓いを立てたということは、「死して後もスカウトだ」という信念に生きるということではないのか。

 

Ⅲ「道心堅固」へ

ヘッセの『デミアン』という作品は、第一次世界大戦後の深い昏迷におちいったドイツの青年層から、空前の感激をもって迎えられたという。しかし、そのことはここではどうでもよい。問題は、この小説中で語られた「星に恋した青年の話」である。「もしも跳ね上がった瞬間に、堅く確実に実現を信じるだけの精神力があったとしたら、彼はおそらく高く舞い上がって、星とひとつになったことであろうものを」という一節である。

ぼくたちは、そこまで深くスカウティングを信じているであろうか。エヴァ夫人は、「私の愛情は願ってはいけません。要求してもいけないのですよ。愛情はそれみずから確実なものになるだけの力をもたなければだめですわ。そうなれば、もうひきつけられるのではなくて、私のほうがひきつけるようになりますのよ」といっている。ぼくたちのスカウティングに対する愛が深くて大きいものであれば、スカウト運動はまるで違った様相を呈しているに違いない、とはいえないであろうか。

そうだとすれば、佐野常羽先生のいわれる「道心堅固」という生き方こそがスカウティングのこの苦境を救う唯一の方法なのかもしれない、と思われてならない。

ボーイスカウト日本連盟機関誌「SCOUTING」2020年1月号より

 

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